「GE14 ファーミ・ファジール+山下残」(TPAM2019)

 

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2月16日と17日、横浜で開催されていたTPAM(Performing Arts Meeting in Yokohama)2019で、山下残とFahmi Fadzil(ファーミ・ファジール)による「GE14」が上演されました。「GE」は「General Election(総選挙)」の略で、第14回マレーシア総選挙をテーマにした作品です。

昨年の5月9日に行われたGE14では、マレーシア独立以来初、61年ぶりの政権交代が起こりました。マレーシアの政権はこれまで、UMNO(統一マレー人国民組織)、MCA(マレーシア華人協会)、MIC(マレーシアインド人会議)を中心とする与党連合BN(国民戦線)が握って来ましたが、今回は野党連合PH(希望連盟)が過半数の票を獲得したのです。PHは、PKR(人民正義党)、PPBM(統一プリブミ党)、Amanah(国民信託党)による連合です。PKRを率いるのはAnwar Ibrahim(アヌワー・イブラヒム)氏、PPBMを率いるのはMahathir Mohamad(マハティール・モハマド)氏で、20年前の1998年、当時首相だったMahathir氏が、自身で罷免・訴追したAnwar元副首相とタッグを組んで選挙戦を戦うということも大きな話題になりました。

山下さんとFahmiが初めて出会ったのは、2007年、バンコクのアート・フェスティバルだったそうです。以来二人は、作品を共同制作するなど交流を深めてきました。元々アーティスト活動をしながら政治に興味を持っていたFahmiは、2010年にPKRのスタッフとなり、本格的に政治の世界に入ります。その後Anwar Ibrahim氏の娘でもあるNurul Izzah Anwar(ヌルル・イッザ・アヌワー)氏のアシスタントをつとめてきましたが、今回の総選挙では、過去2回の総選挙でNurul Izzah氏の選挙区だったクアラルンプールのLembah Pantai(ルンバー・パンタイ)選挙区から立候補しました。そして、山下さんはその選挙戦に密着、今回の作品を作り上げたのです。

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「GE14」は一部と二部に分かれています。一部は山下さんによる選挙キャンペーンの報告パフォーマンスでした。会場のKosha33に入ると、壁一面にBN、PH(PHは今回連合の旗としてPKRの旗を使うことにしたので、PKRの旗でもあります)そしてPAS(汎マレーシア・イスラーム党、イスラム主義を掲げる政党、前回の総選挙では野党連合のメンバーでしたが、今回は袂を分かち、第三勢力として選挙戦を戦いました)の旗が、ところ狭しと貼られています。しかしよく見ると、多くの旗は手描きで、しかも模様がずれていたり、ぼかされていたりします。お祭り騒ぎのマレーシアの選挙キャンペーンの様子を出しつつも(実際に選挙期間中のマレーシアは、街中・村中が政党の旗で埋め尽くされます)、作り物感も出ているところが面白い演出です。

パフォーマンスは、山下さんの一人語り(と横田佳世子さんの逐次通訳)によって進行しました。前方の大きなスクリーンには選挙戦当時の写真や映像が映し出されます。映像は嵐の夜から始まりました。クアラルンプールのビル群を覆う夜空を稲光が切り裂き、不穏な雰囲気は、その後の選挙戦を暗示するかのようです。

選挙の告示日、山下さんはタクシーに乗って候補者が届け出を行う場所に向かいました。届け出をする場所は、支援者が集まるので、衝突が起こらないよう、政党ごとに区分けされています。しかし山下さんは事情がよくわかっていない運転手にBNの陣地に降ろされてしまいます。Fahmiの顔が大きく描かれた水色(PHの色)のTシャツを着た山下さんは、もちろん歓迎されません。向こう側にPHの陣地が見えるので、あちらに行かせてくれと言っても、警察は通してくれません。いろいろ交渉した結果、BNの陣地からは出してくれたものの、今度はなぜかPASの陣地に連れて行かれます。PASはイスラム原理主義で怖いと思い込んでいた山下さん(後にPASの集会に参加し、その考えは少し変わったようです)は、PASの候補者と支援者が自分に向かって行進してくるのに恐れをなして、走って逃げましたが、それを見て警察官はゲラゲラ笑っていたのだそうです。警察が権力の手先であり、野党の支援者に対しいかにひどい仕打ちをするものなのか身をもって知ったと語っていました。

Nurul Izzah氏のアシスタントをしていたとは言え、政治家としては無名のFahmi。キャンペーンで選挙区を回っても、なかなか人は集まってきません。誰もいないテントで、一人しゃべり続ける姿が映し出されます。

そうした状況はある日をきっかけに大きく変わっていきました。Mahathir元首相(当時、今は現首相)がFahmiの選挙区のceramah(チュラマ)にやって来たのです。マレーシアの選挙では、候補者が選挙カーに乗って演説をしながら街を回ることはありません。その代わりほとんど毎晩ceramahと呼ばれる政治集会が開かれます。ceramahは「演説」「講義」という意味のマレーシア語ですが、選挙の文脈で語られるときには演説会を指します。広場や歩道の一角などにテントが張られ、候補者本人や近くの選挙区の候補者、候補者を応援する有名人などが集まり、演説を行います。

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Mahathir氏がLembah Pantai選挙区の演説会に登場したのは、投票日まで一週間を切った5月3日のことでした。広場を埋め尽くした聴衆の前で、Mahathir氏はキレッキレの毒舌を駆使して、ナジブ政権の腐敗を批判します。山下さんは立ち上がりMahathir氏の演説を日本語で再演しました。

この日を境に、Fahmiの選挙キャンペーンはどんどん盛り上がっていきました。投票日3日前のceramah。大勢の聴衆に向かってFahmiは語りかけます。選挙キャンペーンが始まったばかりの時、メディアに対し、自分はゴリアテに立ち向かうダビデだと語った。けれどもそれは間違いで、自分はダビデゴリアテを倒すために手に握っている石にしか過ぎず、ダビデはここに集まったみなさんなのだ。石である私を使って、一緒にゴリアテを倒そう。Fahmiになった山下さんは、観客に語りかけました。

Fahmiは見事選挙戦を制し、国会議員となりました。一部の終わりは、投票日の夜に、開票所に集まった支援者に挨拶をするFahmiと、その後国会議員となり、国会で質問をするFahmiの姿を映した動画で締めくくられました。

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16日は一部の上演だけでしたが、17日は一部に続いて、二部が上演されました。二部の会場はKosha33を出てすぐの路上に作られた舞台です。二部はFahmi本人と灰野敬二さんによる演説パフォーマンスです。選挙キャンペーン終盤の熱狂的な演説を再現するのかと思っていましたが、スーツ姿のFahmiの演説はとても静かで、しかし情熱を秘めたものでした。威厳すら感じさせる佇まいでFahmiは聴衆に語りかけます。勇気を出せばゴリアテを倒すことができる。みなさんも是非自分のゴリアテを倒してください、と。

「GE14」をテーマにした山下さんとFahmiのパフォーマンスはさらなる進化形が4/26(金)~29(月)までこまばアゴラ劇場で上演されます。今回見逃してしまった方も是非足を運んでみてください。