ピート・テオの仕事

去る10月25日〜開催されていた第31回東京国際映画祭
今年のマレーシアからの参加は、国際交流基金アジアセンターpresents CROSSCUT ASIA ラララ♪東南アジア部門の『ピート・テオ特集』のみと、昨年の3作品(そのうちエドモンド・ヨウ監督の『Aqérat』はコンペティション出品で最優秀監督賞受賞)と比べると、少し寂しい年でした。

そして、多くの人が疑問に思ったのではないかと思います。なぜ、ピート・テオだったのか?と。今年のCROSSCUT ASIAが音楽特集だったから?もちろんそれもあるでしょう。しかし彼がこの10年間に作ってきた作品は、ただのミュージック・ビデオではないものが多いのです。

CROSSCUT ASIA部門の公式プログラムブックに「その活動はマレーシアの政治情勢に変化をもたらす役割を果たし、CNNが選ぶ“注目すべき135人のアジア人”ポップカルチャー部門に選出された。」とあるように、建国後初の政権交代が実現した今年の第14回総選挙、さらに遡り、得票数では野党連合が与党連合・国民戦線(Barisan Nasional、以下BN)を上回った更に5年前の第13回総選挙に先駆け、テオ氏はある種プロパガンダ的なビデオ作品を発表し続けています。ロック歌手Awie(アウイ)を筆頭にビッグネームが集結した2008年の『Here in My Home』、俳優/映画監督のAfdlin Shauki(アフドゥリン・シャウキ)と問題児Namewee(ネームウィー)、そしてUMNO(統一マレー国民組織)の重鎮Tengku Tan Sri Razaleigh Hamza(トゥンク・タンスリ・ラザリー・ハムザ)がコラボしてストレートに投票を呼びかけた2011年の『Undilah』など、普通であれば若い世代が引いてしまいそうな、熱苦しくカッコ悪いともされるトピックを、あくまでもサラッとクールに、しかもビッグスターから大物政治家までをも登場させて作ってしまうこのカッコ良さ。15人の監督によって様々な角度からマレーシアの社会を描いたプロデュース作品『15Malaysia』の内の1作品『Meter』では、UMNO青年部長(当時)のKhairy Jamaluddin(カイリー・ジャマルディン) が素晴らしい演技でタクシー運転手を演じ、2018年9月16日の「マレーシアの日」にLiew Seng Tat(リュウ・センタット)氏との共同監督作品として発表された『国民』では、Liow Tiong Lai(リョウ・ティオンライ) 前運輸大臣が、実際の大臣とその旧友の怒れる一般市民の一人二役で登場。初めて観た時は、その演技のうまさと同時に、「良くこれ出演引き受けたなぁ」と、ただただ感心してしまいました。国に対する国民の不満、それを与党のトップの面々に語らせる。こんな話、提案するだけでも余程の勇気がないとできないはずです。どうやって口説き落としたのか、いつかぜひご本人に聞いてみたいと思っています。

これらの作品の根底にあるものは、「政治が腐敗している現状をどうにかしたい、そのために動かさねばならないのは政治家自身ではなく、むしろ一般市民の大きな層である」という考えなのだという気がします。どちらが正しいとは決して言わず、与党も野党も公平なバランスで登場させ、何を選ぶべきなのかはあくまでも視聴者に考えさせる。それがピート・テオのやり方なのです。

主要メディアが全て当時の与党Barisan Nasional(国民戦線)に支配されていた頃。声をかけられたアーティストの中にも、リスクを心配した人がいたに違いありません。それでも最終的にあれほどのビッグネームが勢ぞろいしたのは、皆がその必要性を感じていたからというのはもちろんのこと、やはりテオ氏への信頼が大きかったからなのではないでしょうか。

そして迎えた2018年5月9日の第14回総選挙。それまで、勝つためにあらゆる手段を駆使してきたBNの横暴ぶりに、実は心の中では「どんなに頑張っても結局はBNが勝つだろう」と思っている人が少なくありませんでした。それでも、多くの人々が国民の権利と義務を放棄することなく、炎天下の中投票所で長時間並んだり、海外在住者の投票用紙をリレーして運んだりしてそれぞれの責務を果たそうとしたその気持ちの片隅には、テオ氏が手掛けてきた仕事の数々がじんわりと働きかけていたのではないかと思うのです。

 

 

東京国際映画祭の『ピート・テオ特集』で上映された作品はYouTubeなどでも見ることができます。

『Vote!』(原題:Undilah)
https://youtu.be/-1hllAhSXLA

『Malaysia Day: Slipstream』(原題:Hari Malaysia)
https://youtu.be/JOUOsU6HypQ

『Here in My Home』 [Music video]
https://youtu.be/z8Wl3firJQk

『15Malaysia』
http://15malaysia.com/

『国民』

www.youtube.com