『夜の獣、夢の少年』:マレーシアを舞台にした小説の邦訳出版!

マレーシアを舞台にした小説の邦訳が出版されました。

『夜の獣、夢の少年』は、1930年代、イギリス統治下のマラヤ(半島マレーシア)のお話です。

 

錫景気に沸く北部の町イポー。主人公のジーリンは、この町で住み込みのテーラー見習いをしています。物語は、ジーリンが母親の借金を返すためにアルバイトをしているダンスホールで、一緒に踊った男のポケットから、うっかりガラスの小瓶を抜き取ってしまうところから始まります。そのガラスの小瓶には塩漬けになった人の指が入っていました。ダンスホールで働いていることは、家族には内緒のため、誰にも相談できないジーリンは、義理の父親(母親の再婚相手)の連れ子で、同い年のキョウダイ、医学生のシンに相談します。

 

実は、その指は、マラヤで開業していたイギリス人医師、マクファーレンのもので、以前マラヤを旅行中にけがをし、壊死をしないように切り取ったのでした。ジーリンが、指の塩漬けを手に入れた少し前にマクファーレンは病死し、彼の元で働いていた11歳の少年レンは、マクファーレンから、必ずその指を探し出し、49日の間に、自分の墓に埋めてほしいと強く頼まれ、指を探しにバトゥ・ガジャに向かっていました。バトゥ・ガジャ病院に勤める、やはりイギリス人のウィリアム・アクトンこそが、マクファーレンの指を切断した医師で、指は彼が持っているはずだったからです。マクファーレンから、指はこっそり持ち出すように言われていたレンは、とりあえずアクトンのところで働くことになります。

 

指の出所を探すジーリン、指を探すレン。彼らの周りで、人が死んだり、ケガをしたり事件が次々に起こります。中には虎に襲われる事件も…。実はマクファーレンは、自分の本性は虎に化けることができる人間、人虎であり、人間に戻るためには、指を一緒に埋める必要があるとレンに言っていたのでした。

 

人虎というのはharimau jadian(harimauは虎、jadianは超自然的な力によって為るもののこと)の訳です。マレー半島スマトラには、このharimau jadianの様々な伝説が伝わっています。また、ジーリンのジー「智」、シン「信」、レン「仁」、レンの死んだ弟イー「義」は、儒教五常の中の5つの徳目で、彼らは少し不思議なつながりを持っています。物語には、もう1人「礼」を名前に持つ人物も登場します。

 

マレー系の信仰、華人の信仰、そしてゴムのプランテーションで働くタミル人やシンハラ人、「地の果て」に来ているちょっとわけありなイギリス人たち。1930年代のマラヤの匂いが感じられるちょっと不思議な物語です。

 

著者はアメリカ在住の華人系マレーシア人、ヤンシィー・チュウ。幼少期をいくつかの国で過ごした後(日本にもいたことがあるようです)、ハーバード大学で学び、経営コンサルタントなどの仕事を経て、2013年にThe Ghost Brideでデビュー。本作が長編2作目ですが、2作ともニューヨークタイムズ・ベストセラーになっています。ちなみに、The Ghost BrideはNetflixで映像化され、大変人気だったそうですが、これも邦訳の出版が決まっているようです。

 

本作の原題は「The Night Tiger」ですが、邦題の『夜の獣、夢の少年』なかなかいいですよね。いつマレーシアに行けるのか、なかなか読めない日々ですが、この小説で、植民地時代のマレーシアを味わってみるというのはいかがでしょうか?

 

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